過激派ウルトラスのいるサッカークラブ10チーム

サポーターが過激派なサッカークラブチーム 10チーム

先日、イングランドの2部リーグの試合中にフーリガンが暴行事件を起こしたの、知っていますか?

イングランドのチャンピオンシップ第36節のアストン・ヴィラ vs バーミンガム戦、「バーミンガム・ダービー」として知られるこの同郷同士の試合にて起こりました。

事件が起こったのは前半10分、ピッチに乱入したファンがアストン・ヴィラに所属するMFジャック・グリーリッシュ選手に背後から暴行を加えました。ファンはすぐに取り押さえられましたが、今まで見たことのない珍事に世界中が衝撃を受け、その動画はすぐに拡散されました。また、バーミンガムは謝罪声明を発表し、選手に暴行を加えたファンは生涯スタジアム出入り禁止となりました。

もちろんスポーツにはファンがいてナンボの世界ですが、あまりに熱が入りすぎて危険な事件が発生することもあります。そして、世界には危険な過激派クラブサポーターとして知られるウルトラス(熱狂的サポーター)もいます。

「危険なウルトラスたち」として知られるサッカーの10チームの過激派サポーターを掲載している海外の記事がありました。気になるので、見てみましょ。


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#1 ガラタサライ(ウルトラスラン)

ガラタサライ・ウルトラスなんと、最初に日本人が所属するチームが出てくるとは私的には想定外 笑

まずは長友選手が所属するトルコのガラタサライ。ここのサポーターは「ガラタサライ・ウルトラス」または「ウルトラスラン」と呼ばれ、世界のサッカー界で見ても最も熱狂的なサポーターの1チームとして知られています。

2001年にトルコでもトップクラスのガラタサライをサポートするために、いくつかの小グループが集まってチームの成功のために動くこと、そして悪評を買って出る集団になることに決めたようです。

振り付けと発煙筒の使用で知られるウルトラスランは、アウェーチームとそのファンにとってスタジアムに訪れた時間を過酷なものにしています。訪問側のチームは「Welcome to Hell (ようこそ地獄へ)」というスローガンで迎えられ、プレイヤーだけでなく訪れるアウェー側のファンやビジターにも、彼らの言葉に確実に従うようにします。

世界一騒々しいとしてギネス世界記録に認定されているこのサポーターたちは、長年に渡りピッチ外でもリーズ・ユナイテッド、アーセナル、ベクタシュ、そして最大のライバルであるフェネルバフチェと多くの激論を繰り広げています。

ウルトラスランはゲーム中の感情の高まりとともに暴動行為によりしばしば試合を中断させ、長年に渡り数多くの死傷者を出してきました。

 

#2 SSラツィオ(イッリドゥーチビリ)

ラツィオのウルトラスイタリアのセリエAに所属するラツィオのウルトラス「イッリドゥーチビリ」はイタリアのサッカー界で最も脅威的なウルトラスであるということが、ラツィオでプレーしていてこの結束主義(ファシズム)のセレブレーションを受けたことがあるイタリアの元サッカー選手、パウロ・ディ・カニーオ氏によってうたわれています。それどころか、元々は彼もウルトラスの一員だったようですね。

1900年代に結成されたこのチームは、悪名高いサポーターの1人、独裁者のベニート・ムッソリーニと軍事関係を持っていると考えられています。

アウェーチームのファンと何度もゴリゴリなケンカを繰り広げてきたラツィオのウルトラスは、特に今日に至るまで彼らの北側ゴール裏スタンドにてネオナチだということを現すことを物ともしていないという事実もまた有名。

同郷のクラブとなるASローマも暴力的なサポーターとして知られているので、ローマダービーの時にはピッチ内の試合よりも、むしろスタジアム外で繰り広げられるファンの行動に注目が集まります。

 

ファンは反ナチス支持サポーターに対するテロ活動とさえも繋がっていて、2012年にはバーで綿密に計画されたトッテナムファンへの攻撃に関与し、少なくとも何人かのトッテナムファンを病院送りにするほどの暴行・傷害を加えました。

近年ではウルトラスはアウェーチームの選手やファンに対して人種差別をしてきているものの、ラツィオの選手にはそれを良しとする選手もいて、クラブはイタリア国内だけでなく世界で最も嫌われている1クラブとなっています。

 

#3 レッドスター・ベオグラード(デリエ)

レッドスターのウルトラスセルビアの首都、ベオグラードに本拠地を置くクラブチームのレッドスター・ベオグラードのウルトラス「デリエ」はスタジアムで横断幕を掲げ、全ファンがその下で声援を送っているだけでも、サッカークラブのサポーターとして悪評を買っています。

ウルトラス集団は1989年にいくつかの小さなグループのファンが団結して基盤をつくるため結成し、それ以来クラブからの名誉を讃えられてスタンドにも名前が刻まれるなど、クラブのレガシーとして自分たち自身を刻み込んでいます。

 

1990年5月13日、デリエはクロアチアのクラブチーム、ディナモ・ザグレブとの試合のためにザグレブを訪れた際にサッカー歴史上最悪の騒動に関与しました。クロアチアの独立が差し迫り政治的な課題が非常に高まっている中、双方のクラブのファンは試合終了後に長時間に及ぶ暴動事件を起こすことに。

デリエはユーゴスラビア戦争で民兵の指揮を取ったアルカン率いる軍事組織の基地をも提供し、多くの問題に関与し、ヨーロッパから5年間追放されました。

近年でも、レッドスターとパルチザンのダービー戦は流血騒動になりがちで、多くの集団暴力事件が報告されています。

 

#4 ミルウォール(ミルウォール・ブッシュワッカーズ)

ミルウォールのウルトラスミルウォールFCのウルトラス「ブッシュワッカーズ」はかなり暴力的なフーリガンとして知られ、1970年代〜80年代には特にそれが目立っていました。

まず最初のトラブルが発生したのは1965年11月のブレントフォードとの試合にて、何者かがブレントフォードエンドからピッチに手榴弾を投げ込んだことが始まり。その時手榴弾自体は爆発せず無害でしたが、もちろんその行為はファンの間での暴動を引き起こすことになりました。

クラブに関して報告されたブッシュワーカーズの最悪の暴動事件は1985年、FAカップの準決勝でルートン・タウンとの試合に1 − 0で敗れた直後のこと。サポーターがピッチに乱入し、選手・審判・相手サポーターを襲い危害を加え、逮捕者が31人出る騒動に。

ただ、この出来事は単にイギリスサッカーの基盤を見直すことのほんの序章でしかなく、次に起こったのは暴動、相手チームファンとのケンカ、サッカー協会によってクラブに課されていた多くの禁止行為など、クラブは世界で最も暴力的なウルトラスをもつクラブとしてこれまで悪評を買ってきています。

 

#5 リベール・プレート(ロス・ボラチョス・デル・タブロン)

リベール・プレートの様子ラテンアメリカのサッカー界にてルールを牛耳っているバッラ・ブラーバグループの一員でアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに拠点をもつチーム、リベール・プレート。このチームのウルトラス「ロス・ボラチョス・デル・タブロン」はピッチから離れたところでその行動に悪評を買ってきました。ウルトラスは殺人を含む多くの犯罪に関与してきています。特に、ボカ・ジュニアーズやニューウェルズ・オールドボーイズのようなライバルとの対戦では、過去の試合を見てもウルトラス同士の最悪な暴動を引き起こす傾向にあります。

2002年、リベール・プレートがボカ・ジュニアーズと対戦した際、ボカ・ジュニアーズのファンの1人が撃たれ、試合が中断。2004年にはチームのウルトラスはニューウェルズ・オールドボーイズのサポーターのバスを待ち伏せし、暴動を起こし、ファンの2人が死亡した他、多くの負傷者を出した事件を起こしました。

大混乱に陥ったのは2011年、110年間で初めてクラブの降格が決まった時。警察との激しい争いとなり、65名の負傷者が出ました。相手側のファンと通常のファンには特別な猶予はなかったものの、ウルトラスにはその後の10年間、2手に別れた強力な集団同士がどちらがそのリーダーとなるかでウルトラス内戦が起こり、権力闘争にもなりました。

これまでファンの殺害は真実のまま、1958年クラブに存在したフーリガン主義が脚光を浴び、ウルトラスはどんな権力や彼らの暴力的な力も譲りたくはない傾向にあるようです。

 

#6 ウニベルシタリオ・デポルテス(トリンチェラ・ノルテ)

トリンチェラ・ノルテペルーのウニベルシタリオ・デポルテスのトリンチェラ・ノルテと呼ばれるウルトラスは南米で最も凶暴なウルトラスのひとつとして広く知られています。その凶暴さから中止もあり得た2013年にクラブが25周年を迎えた際の祝賀会は取りやめをすることはできず、むしろ選手たちはサポーターへの感謝と愛を表すために参加しました。

南米のサポーターグループ、バッラ・ブラーバグループに属していて、情熱的だけど残忍なトリンチェラ・ノルテは今まで試合がある日には数え切れないほどのトラブルを起こしていて、相手チームの選手やファンにとってとても惨めな気持ちにさせるような態度をとります。

1990年代のはじめ、多数の暴力事件によってウルトラスのリーダーであると信じられていた多くの人が逮捕されましたが、その出来事はウルトラスたちを抑制することなく、それ以来ラテンアメリカだけでなく世界的に悪評を買うウルトラスとしての地位を確立しました。

トリンチェラ・ノルテも元々は2つの小さなグループ間の権力闘争があり、それによって多くの試合日の変更やサポーターの中の何人かが死亡するという事件も引き起こしています。

 

#7 メタリスト・ハルキウ

一見普通に見えるメタリストのウルトラス2016年に経営破綻したウクライナのクラブ、メタリスト・ハルキウですが、このクラブにもかなり熱狂的なウルトラスがいたようです。ただ、スポーツにおいて情熱と暴力というのはよく混同され、これによってクラブが問題を抱えていたのも事実ではあります。

このウルトラスはチームが解散することになるまでの間最大のライバルのディナモ・キエフと度々衝突し、双方がスタジアムに集まった時に勃発する暴動は特に珍しい光景でもなかったようです。

にも関わらず、2クラブのファンはメタリスト・ハルキウのウクライナリーグでの最後の両者決戦となった日にはハルキウのサポートのために集結し、クラブがサッカークラブとしての地位を維持するための経営力のなさを20分間に渡って主張しました。クラブはもう存在しませんが、今2つのチームがハルキウ州のチームとして登録されていて、またこの2チームのウルトラスが悪評を買うようになるのも時間の問題かもしれません。

 

#8 フェレンツヴァーロシュ (グリーンモンスターズ) 

グリーンモンスターズは一見普通のサポーターハンガリーのクラブの中で人気トップのフェレンツヴァーロシュは、EUのサッカーの中では決して大きいクラブとは言えませんが、「グリーンモンスターズ」と呼ばれるウルトラスはピッチの外でも自分たちのチームのサポートにベストを尽くすようです。

意外なことに、このハンガリーのサッカークラブのファンたちはヨーロッパでは最も暴力的なウルトラスのひとつであると認識されていています。最大のライバルのウーイペシュトとの決戦では野球のバット、チェーン、スタンガンなどを持ち出して試合中、試合後にファン同士の戦いになった際は彼らの暴力的要素が最大限に出るとして知られています。

発足以来、グリーンモンスターズたちは前述のミルウォールやディナモ・キエフなどと暴動を起こしてきましたが、かなり重要な試合や名誉ある試合にて起こした暴動も特に後悔している様子も見られず。このウルトラスは自分たちの暴力行為が栄えある行動だと主張することをためらわず、結果に関わらずその行動そのものがチームの最大の利益になると信じています。

ハンガリーのサッカー界は暴力行為の危険性を認識していて、それを中和させるのに役立つポリシーを設けていますが、それがグリーンモンスターズに有効であるかはまだわかりません。

 

#9 バルセロナ (ボイショス・ノイス)

フィーゴの写真を燃やすウルトラスここ数十年もの間、世界のサッカー界を牽引してきたクラブは、その土地柄からか品のあるクラブのイメージもありますが、彼らのウルトラス「ボイショス・ノイス」は「品」という言葉とは程遠い、直訳通りの「クレイジー・ボーイズ」です。

カタルーニャ分離主義と政治的に同調していると考えられているこのウルトラスグループは1981年に発足し、ジョアン・ラポルタ元会長に2003年にスタジアムから追放されるまでは、クラブとも特別な関係を築いてきました。

1985年UEFAチャンピオンズカップ決勝の前にリヴァプールとユヴェントスファンの間で起こった群衆事故、「ヘイゼルの悲劇」。その直後にこのウルトラスは平然とリヴァプールを称賛するバナーをカンプ・ノウスタジアムにて掲げて暴力を支持する声をあげ、悪質な意図を示しました。

1991年にはウルトラスのメンバーの1人が同郷のライバル、エスパニョールのファンを殺害した罪で26年間の懲役を受けることになり、全国のサッカーファンに衝撃が走りました。その後ウルトラスたちはスタジアム内でのみの活動に限ることに同意をしたものの、クラブはウルトラスのスタジアムの外での行動への責任を負わせることができず、当のウルトラスも問題行動をすることに特に躊躇いはなかったようです。

2000年代に入りルイス・フィーゴがバルセロナからレアル・マドリードへ禁断の移籍をした後、再度バルサの本拠地へ試合のためにフィーゴは足を踏み入れ、試合中にコーナーを蹴ろうとした時には怒り狂ったウルトラスからゴミや豚の頭をピッチに投げ込まれたというのも有名な話。

さらには人種差別的な問題もあり、2003年にユダヤ人のラポルタ氏が同クラブの会長に就任するということに対し猛反対し、殺害予告を出したり自宅近くで襲ったりもしました。

スタジアムからは追放されたままではあるものの、このウルトラスたちは完全に入れないという訳でもないらしく、このレジェンド級のクラブがどうこの問題と向き合い再発防止をしていくのかはまだわかりません。

 

#10 レアル・マドリード (ウルトラス・スール)

ウルトラスール1980年代に結成されたレアル・マドリードのウルトラス、「ウルトラス・スール」は何度か逮捕履歴があり、いくつかのスポーツ施設にて出入禁止になっているジョセ・ルイス・オチャエタという人物によってリードされていました。

レアル・マドリードへの愛と、自分たちはクラブの顔であると信じ、彼ら自身のやり方で相手ファンの挑発を対処してきた結果、スペインでは最も暴力的なウルトラスであるという世評を得ることになりました。

前出ラツィオのウルトラスと似たような傾向にあると考えられていて、保守的な政党を支持し、人種差別的な行動により悪評を買っています。

このウルトラスは過去何度も暴力沙汰の最前線にいて、1983年には大敵のバルセロナとの間で乱闘騒ぎとなる暴動を起こし、その後1985年、86年と続いてインテルミラノのファンとも騒ぎを起こしています。

このようなウルトラスによる行動は見過ごされることもなく、すぐに他のファンたちの間で不安の声の報告が出始めましたが、ウルトラスールは試合中や前後の通常の流れを乱すという行動を広げていき、その後また逮捕されるに至りました。

最近では何人かの選手に対しての人種差別的な行動が問題視され、UEFAによってクラブへの調査が行なわれています。

現会長のフロレンティーノ・ペレスによって出入禁止を宣告され、現在このウルトラスたちはスタジアム外で復活を要求する抗議活動を定期的に行なっています。

 

ファン全てがウルトラスではない

おそらくここに出ているウルトラスだけが全てじゃないでしょう。きっと、もっといるとは思いますが、今回は海外の記事をベースに目立つウルトラスを載せました。

もちろんですが、ここで出てきたクラブのファンが全てウルトラスに属しているという訳ではありません

ほとんどのファンは純粋にスポーツ観戦をしにスタジアムに出向いてサッカー観戦を楽しんでいますが、一部の過激なファンたちが暴動を起こし、結果としてファン全体が悪評を買うことになってしまっています。実際に、すでにウルトラスたちは出禁になっているのもあり、私がスペインでサッカー観戦をした時はマドリードダービーの時でしたが、熱はこもっているものの暴徒化している人は見られませんでした。

もちろん、日本人は穏やかな国民性なので、サッカーの試合で上記のような暴動が起きることはまず考えにくいですが、国やチームによっては暴力沙汰を起こすこと=栄光みたいになっているのも事実のようですね。

熱が入ってしまう気持ちもわからなくはないですが、せっかく応援しているのにスタジアム出禁を食らうのは元も子もない。みなさん、スポーツは楽しく観戦しましょうね(*゜∀゜)=3


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